「蕎麦屋のしきたり」を読みました

藤村和夫さんの「蕎麦屋のしきたり」という本を読みました。

蕎麦屋のしきたり (生活人新書)

蕎麦屋のしきたり (生活人新書)

同書に記載されている略歴によると、藤村さんは、元「有楽町・更科」の四代目。1930年生まれの方です。

いろいろと、興味深い話が盛りだくさんです。特に江戸蕎麦の暖簾御三家「藪」、「更科」、「砂場」の蕎麦の違いについての話を興味深く感じました。


昔、蕎麦屋の営業形態の違いとして「通りすがりの人をお客にする」、「町のヒマ人をお客にする」、「町の中のお店に出前をする」という違いがあった。

「通りすがりの人をお客にする店」が、「藪」の形態
「町中のお店に出前をする」が、「砂場」の形態。
「更科」も出前が主体だが、こちらはヒマ人相手と、もっと遠くの、蕎麦屋には来てもらえぬような大店、お屋敷にまとめて出前するのが主。

ヒマ人相手は、簡易料理屋風に良い酒置き、つまみにも力を入れ、ご近所の応接間、寄り合い所を志向する。

蕎麦の違いとしては、「通りすがりの人」をお客にする店は、「生蕎麦」を売ることができ、「もり」が中心になる。「たぐり込んで」パッと飛び出すお客が多いので、「瑞々しい」「ツルッツルッ」としたお蕎麦でないと向かない。海苔がかかっていても引っかかる。
細打ちになり、なりゆきで汁は濃く、辛くなる。こうした蕎麦を出前にすると、切れるし、ボソボソ、スカスカになる。出前にも汁物にも向かない。
「お燗付き」は、はじめに蕎麦を出さす、「お代わり付き」は一緒に持って行かず、頃合いを見計らって出すことになる。


一方、「砂場」「更科」の「出前」の蕎麦は、お客がすぐ食べられるわけがないので、蕎麦も汁もそれに耐えられるようにしておく。蕎麦には小麦粉が入り、汁は薄くなる。


昭和中期頃までは、暖簾によって特徴がはっきりしていて、蕎麦の色まで違っている時期があった。
藪蕎麦は緑、更科は白、砂場は黄色。

更科の白は、更科蕎麦が白いため。現在でも見られる。
藪の緑は、蕎麦の端境期に色が悪くなるので、蕎麦の葉を磨りつぶして入れて緑にしたため。
砂場の黄色は、本石町のことで、細打ちの上蕎麦を更科粉で打ったが、その時玉子の黄身だけを普通より多く入れたので、蕎麦が黄色になった。室町に移ってからもまだあった。

蕎麦の種類と汁の当たりの関係は
1.蕎麦粉の含有量が多いほど汁は濃く、当たりはきつく
2.小麦粉が増えるにつれて薄く、穏やかに
3.蕎麦の色が濃いほど当たりはきつく、白いほど穏やかに
4.蕎麦が細いほど汁は濃く、太くなるほ薄く
5.あげ出しはきつく、出前はおだやかに
なる。

そのため、藪の生蕎麦の細打ちのあげ出しは、いちばん濃く、当たりがきつくなる。更科蕎麦は、白く、細く、二八の水切りなので、汁は濃いが藪ほどではなく、当たりは穏やかになる。


とのことです。


大阪には、御三家の直系としては、「神田やぶそば」系の「やぶそば」があります。
場所は、大阪市北区天満橋、「帝国ホテル大阪」の横の大阪アメニティパークです。
以前にもらったパンフレットを改めて見ると、確かに蕎麦が緑色をしています。この時食べた蕎麦は、は新蕎麦を食べに行ったためか、緑色であった覚えはありません。
改めて、「蕎麦屋のしきたり」の内容を頭に入れつつ、伺いたいと思います。

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